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2003年7月
 ■ ホスピタリティの時代

かなり古い話で恐縮ですが、以前、あるアンケート調査で、「飲食店のどのようなサービスに感動したか?」という設問に対して「マクドナルドで『スマイルを下さい』と言ったら本当にスマイルを返してくれたこと」という回答があったという話を聞いたことがあります。
このアンケートの回答者は半分はジョークでこうした回答をしたのかも知れませんが、回答者の意図とは別に、この話は、誰もが「いかにもありそう」と思うところに、マクドナルドという企業の凄さの片鱗を感じたものです。(最近のマクドナルドは、こうした逸話が生まれるような「凄み」が、ちょっと薄れているような気がしますが…)

厳しい経営状況が続く中で、ここ数年の飲食業界のテーマのひとつは「ホスピタリティ」であると言われます。
ホスピタリティとは「厚遇、歓待、もてなしの心」などと訳されていますが、正確に言うと「心の中で思っているだけではなく、実際に親切にもてなす行動を取ること、その気持ちを具体的に見せること」という意味になります。つまり、前述のマクドナルドの従業員は、そうした意味で充分なホスピタリティを発揮したのだと言えるでしょう。
実際に、最近の繁盛店を訪れてみると、その多くが従業員のホスピタリティに対して何らかの明確な方針を持った店であるケースが多く見られるようです。

さてそれでは、そのホスピタリティとは何のために必要なのかと言えば、ビジネスとしての最終的な目的は「顧客の満足」を勝ち取るためであると言えます。
つい最近、ある老舗の日本料理店の経営者にうかがった話ですが、その企業の創業者、つまり初代の社長は多店舗化を許さなかったそうです。「なぜですか?」と、お聞きすると、「飲食店には、必ず害虫や害獣が発生する。それを駆逐するためには、経営者は店と同じ建物に住んでいなければダメだ。だから多店舗化はできない」という意向だったということでした。
これもまた、ひとつの究極のホスピタリティの考え方であると言えるでしょう。

小売業や飲食業など、店舗でのビジネスを行う業種はすべて、広い意味でのサービス業です。
サービス業の究極の目的は、顧客に満足感を与えるサービス業務を提供することであり、多店舗化、チェーン化とは、そのひとつの手段に過ぎません。なぜ多店舗化が必要なのかと言えば、それは、店舗数が増えて企業規模が大きくなることによって、購買力が増し、オペレーションが効率化され、間接費の割合を減らすことが可能となり、より低価格でサービス(商品)を提供できるようになるという理由からです。
ですから、メーカーが製造した同じ製品を販売する大多数の小売業にとっては、多店舗化、規模の拡大は必須の命題となるわけです。

しかし、それぞれの企業が独自の商品を作っている飲食店にとっては、必ずしも多店舗化が顧客にとっての「御利益(ごりやく)」につながるとは限りません。
なぜならば、多くの飲食店では、単に料理という「モノ」を売っている訳ではなく、その店舗へわざわざ出かけて飲食するというサービスを提供している訳ですから、多店舗化によって、各店舗でのサービスレベルが低下したり、店内や周辺の環境整備がおろそかになったりすることがあれば、そもそも、わざわざ店舗へ来店していただき、飲食の時間を過ごしていただくという価値がなくなってしまうからです。

小売業の世界が、個人の販売員のセールス技術に依存した店舗運営スタイルに行き詰まり、結局は、一部の高級ブランド店や小規模な個人店舗などを除いてセルフサービス型の業態が主流となって来たように、飲食店でも、「顧客満足」という最終的な目的を忘れた、かたちだけの押し付け型サービスやテクニックとしての接客技術に陥ってしまえば、いずれ成熟した顧客によってそっぽを向かれてしまうことでしょう。
かたちだけではない、他店とは違う独自の「ホスピタリティ」とは何か。それは具体的に「誰が」「何をすること」なのか。そうしたことを社内で徹底的に議論し、追究して行くことで、「ホスピタリティを大切に」という経営ポリシーを、単なる社内スローガンとしてではなく顧客に届けることができるようになるはずです。
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